ヴが無くなった世界でヴの名を叫ぶ物語
今回もダークなホラーが続きます。
第7話 残酷な王子が魔王の城へとたどり着くまでの話
魔獣の鮮血をとどめたままの生肉を鉤爪でもぎ取り口に運ぶ。噛みしめると口の中に魔獣の奇妙な色の血の味が広がっていく。最初は胸がむせたが、喉越しの良さに酔いしれた。血が絶えるまで肉を噛み、その残りを胃へと流し込む。
普通の人間なら食中毒を起こすだろう、だが王子の内側も魔物である。魔獣の血肉が空腹と渇いた喉を満たして余りある。
気がつけば自分と同じ大きさの魔獣に残っていたのは外皮と心臓と肝臓を除く内臓、そして骨と脳だけだった。
農民の強靭だがみすぼらしい外套で夜の寒さをしのぎながら魔獣の屍と夜を過ごした。魔獣の屍が放つ血の匂いで襲ってくる敵は現れない。この時の知恵は後の野営に役立った。
昼間は迷える人間の剣士のふりをして移動する。寝床と餌食を見つけたら餌食を仕留めてその横で休息を取る。この旅路が数ヶ月ほど続いた。
オークに率いられたゴブリンの群れに出会った時、自分は戦う意志のないことを示した。
王子の身体を見聞し始めたオークとゴブリンのシャーマンたちの顔から血の気が引いていく。20もの暗黒の神々の刻印を帯びた魔物に恐怖したようだ。
オークとゴブリンたちの王国の傭兵として数年間を王子は過ごすことになる。魔術を使う前に敵将を打ち倒せるだけの存在だけに魔術を学ぶ気にはならなかった。
ただシャーマンから暗黒語の読み書きを学べたこと、オークとゴブリンとの会話ができるようになったことは後に大いに役立つことになった。
数年間の傭兵生活でオークの王の信頼を勝ち得た王子に示されたのはシャーマンの儀式の間の奥にある魔王の城への入り口だった。
それは数多の生き物を飲み込んだ肉の壁だった。その壁の表面で生き物の名残が蠢いている。正直気色の悪い風景だ。だが王子は一気に突破を試みる。王子が壁をすり抜けるとそこは魔王の城の地下に広がる暗黒の神々を崇めていた神殿の廃墟だ。
後ろを振り返ると向こう側同様の見るに耐えない肉の壁が広がっている。
神殿の光景を見つけた直後、王子の苦痛に満ちた記憶が蘇る。あの全てが自分を再び無限に苦しめる。そして王子は絶叫し続け、最後に意識を失った。
王子が目を覚ますとそこは地下牢の一室だった。
「また振り出しに戻ったか……」王子が諦めに似た表情で鉄格子の向こうを見つめている。
「やっと頭が冷えたか?魔王の城の地下に現れて助けを求めるとは大胆な侵入者だ……」呆れた目で魔王の軍に所属するキミフコという名の近衛隊長に話しかけられた。
彼は1000年近くこの世界にいるという。そしてその間に魔王の城に迷い込み、叫んで助けを求めた大胆で愚かな侵入者が現れたことなどないとまで言い放つ。
王子は全ての事情を説明した。キミフコがしばらく思案した後、自分を再び鉄格子の内側に閉じ込めてから数時間後、魔王とキミフコが現れた。
「この城の王だ。ここに来るまでの全てを話してもらおうか?」魔王もキミフコも自分とほぼ同様の凶暴さを秘めているようだが彼らのほうが知的には優れているようだ。
「嘘偽りを見破ることはたやすい。だから素直に話せ……」キミフコがそう告げた。
王子はダイモンを呼び出す儀式の最初の苦痛と出血と叫びで2体のダイモンを同時に引き寄せてしまい、強い方と自分が契約し、弱い方を召喚者に引き渡したと告白した。
「あの時偶然に2体のダイモンを呼び寄せて、強い方に心身を譲り渡したおかげでその後の過激さを増す儀式に耐え抜いた。無論全ての苦痛を召喚側に引き渡してはいない。大部分は自分のダイモンに与えていた。いつかは反撃の時が来ると信じてそれに賭けただけだ……」王子はダイモンとの契約で生き抜いたとまで言い放つ。
魔物となる運命を少年に選ばさせる時代が来たことに魔王とキミフコは困惑した。
0コメント