Downfall The Daylights pt.21
天然無能「ハン・ライス」が描く泥沼極悪ダークファンタジーラノベです
「1千年続く闇の帝王の支配の開始……あの時皆を麻痺させたあの一撃のことなのか……」ザトが羊皮紙を読み思い返す。魔法の素質が凡人レベルでも気を失いかけたほどの衝撃だ。
おそらく魔法の素質に恵まれた者には相当な打撃が加わったはずだ。
そしてその衝撃が闇の帝王の誕生のしるしに他ならないという多くの先人の解釈が見事なまでに引用され尽くしている。
「よくぞまあここまで裏とったなぁ……一番不向きな職業ばかり選んでないかうちの首魁は……」ザトは感心するとともにサトケンの人生の脱線加減に唖然とする。
「闇の帝王……一名だけ心当たりがあるだけに……不安だ」ザトがアダールの事を思う。最近悪夢に見ることもない。彼は絶命したのかそれとも宿願を叶えたのか……
次の瞬間、ザトは思い出した。地獄への一本道の目的を見つけることを願っていたアダールの事を……
その願いが叶ったとするなら彼が闇の帝王と化した可能性は否定できない。
そしてその闇の帝王を戦いで倒すことは不可能とまで書いてある。
「と、なると誰かが命がけでなんとか説得を試みるか奇跡を待つしかないというのか……」ザトの眼の前が暗くなる。
ただ最後に希望が書いてある。ザトの父のもとで剣を習っていたあの宮廷魔術師長の長男で、魔法暴走の常習犯、魔法学校一のトラブルメーカーとしてその名を知られたオマーエである。
武芸の才能は確かにある。体格も自分よりも頑丈かつパワフルである。運動神経も可でもなければ不可でもない。ただ、力任せに戦う性格は才能に溺れている証拠である。
おまけに太りやすい体質から、しょっちゅう父に筋肉づくりを命じられていた。それでも一人前の騎士になれるだけの腕は磨いていたはずだ。
だが魔法学校絡みでいい話を聞いたことがない。その悪名たるやサトケンの更に上を行く。
噂に聞いたところで「復活の呪文を唱えて昆虫一匹を復活させるはずが墓場の遺体全部をゾンビにして軍隊を出動させる騒動を起こした」とか「蝋燭に灯を点けようとして寮に爆裂火球を範囲及び威力の拡大で炸裂させて全焼させた」などの伝説を残している。
と、いうわけで全部の試験が50点に届かないという最悪の成績を残してオマーエは強制退学させられた。才能があり過ぎると呪文の誤用は最悪の事故を引き起こす。
しかもオマーエは魔法の素質が極めて高いため呪文に対する抵抗力は皆無である。
と、いうわけで卒業時には魔法知識全てを学校長の手で「忘却」されるという措置まで受けたと言われている。
今は体力とグルメなところを生かして王都一の任期のピザ屋一の名職人となって働いている。
「完璧に呪文と唱えられる術者がオマーエに憑依し、適切な呪文を使用する。そうすれば互角かそれ以上に闇の帝王と渡り合える可能性が半々にある」サトケンはこう書き結んでいる。
「さすがは貧弱戦力で王国正規軍と互角にやり会える軍師だわ。作戦的にはほぼ完璧。でも交渉を試みるのが優先って……誰がやるのかって……適任者が本人だろうが!」ザトは寒気を覚えた。
闇の帝王の居所を掴めばそこに赴いて単独での説得を試みる。それほど大胆な作戦に平気で出るのがサトケンという男の特技である。
ただ、その上を行く無謀な交渉人が存在する。それはボスこと属王国国王モトである。軍団集めから資金調達、築城技術、戦場の選択等万策を尽くしてから交渉を開始するあたり、年を無駄に積んでいるわけではない。
サトケンが引き起こしたポーション騒ぎの後始末の過程でマフィアと友好関係を結んだこと。聖王国内の悪党とも裏で手を結んで優秀な人材を引き抜いた。その一人に自分の一門も含まれていた。故に国民は王と呼ばず、彼をボスと呼ぶ。
ボスは貿易商の出でありながら、若い時は喧嘩っ早いことから家から追い出されて傭兵稼業に手を染める。しかし、そこから王にまで這い上がった叩き上げである。むろん、先王の後継者が無能だったが故に王位を掴まされただけの話である。
いきなり聖王国との戦争を強いられたモトであるが5年間の戦争を見事に勝利で終わらせる。その間に裏社会と表社会双方との強い関係を構築した。
聖王国との戦争の最中には難民を人身売買組織ルートで脱出させ、耕作すればいい農地になる土地に期間免税で送りこみ、数年で聖王国の経済力と軍事力双方を超えるなど商才と人材調達力もなかなか高いとされている。
サトケンが先行交渉に成功し、ボスが結果を確定できれば最悪の事態は回避できる。後はこの連携プレイが成立するか?
ちょうどサトケンとモトがその事を話し合っていた。モトも同じ結果にたどり着いている。これ以上世界を荒廃させるわけにはいかない以上、闇の帝王との妥協点を探すという意見で双方は合意に至る。
ザトが頭を悩ませている時、サトケンとモトは兄弟盃と称して酒を飲みながら最上級の肉を焼いて食っていた。
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