子供に見せてはいけない有害なダークファンタジー
酒場の息子の秘密編by天然無能@CDRipper
第13話 酒場の息子の出自の話
俺が12歳をすぎたあたりから誕生日だけに見た最悪の夢がある。美しい人間の女性が深淵の悪魔に抱かれて悦ぶ姿を見つめるだけの夢だ。
思春期から始まったこの年1回の悪夢に何の色気も感じない。翌朝の目覚めも最悪だ。忘れるためにこの日だけは度の強いウォッカで酔いつぶれていた。
12歳の息子をウォッカで潰す父親も父親だが俺にはそれぐらいの麻酔が必要なほどの悪夢だった。
30年はその日の早朝から酔いつぶれてまた寝室で寝直し、翌日は二日酔いで寝込むのが俺の誕生日の過ごし方だった。
今ではこの夢の意味が理解できている。最初は耐え難い事実だったが今ではその事実と結果を受け入れている。
俺はあの深淵の悪魔とあの女性、美しき世界の王妃との間の子だ。最初に俺の呪われた出自を聞かされた瞬間は流石に気が滅入ってその場で消え去りたいと思ったことは覚えている。
それを教えてくれたのが先代の魔王だ。彼は王に取って代わった深淵の悪魔の領域を狭くするためあえて彼の王国を裏切り魔境の王となって150年に渡る戦いを繰り広げた。
魔王が戦争をしている間の俺はトレジャーハンターと行動をともにして魔法と武器を使った戦い方を身につけた。最初は父親に借りを返すための小遣い稼ぎで始めたことだが、父が止めなかったことから必要なことなのだと感じてはいた。
なお、俺と先代との目的は一つ。王国を奪った深淵の悪魔、そしてそれを召喚し王国を破滅させた宮廷魔術師の力を削ぎ、世界を破壊した責任を取らせる、要するに筋を通せということだ。
無論、俺も先代も人生の全てを戦いや復讐に捧げているわけではない。皮肉なことに両者とも魔族に変じたことで長期に渡って徐々に追い詰めれば済む。だが落とし前は必ずつけさせようと誓った、それだけは譲れないと……
最近、先代が魔王の座を後継者に譲ったという。先代が知らぬうちに魔境は勝手に拡大していた。それを確認したのが当時1人の伝令兵にすぎなかった現魔王だ。
1人の伝令兵の発見により、伸び切った前線で繰り広げられた無意味な戦いに終止符が打たれ、魔境側の軍は当初の世界の境界まで兵を引き、守りを固めた。
それと同時にリア獣と呼ばれる亡者も数が目減りした。あれはいい稼ぎになったのだが、どうやら素材となる人間そのものが減ってリア獣までもが狩られて今やほとんど出会えない存在だ。
唯一残されているのはリア獣の最上級種、魔族の血も糧にできるヴァンパイア族だ。それも背後から深淵の悪魔とその血族によって追われる身だ。
今日は俺の誕生日。部屋から出ずに誕生祝いの軽い白いスパークリングワインを口にしながら消えることのない魔法光の下でのんきに「9層の深淵」の世界についての書物を読んでいる。
あの悪夢に慣れてから80年近く経つが今度は誕生日に毎回自分の身にトラブルが起きる。今日も何か良からぬ雰囲気だ。関わりたくない。だからカーテンを閉ざして酔いつぶれているふりをして切り抜けようとする。
なお、この城内の照明は呪文を覚えたての頃、暇つぶしで設置していた代物だ。宿屋のネオンサインはある程度呪文に習熟してからの傑作だ。酒場の看板のサインは最初の作品だけに自分では出来が悪いと思っているが店主と客は気に入っているようだ。
なんか階下の酒場から不穏な気配がする。やはり今年も誕生日に不吉な事が起きたようだ。何が起きたかは明日知ればいいことだが毎年これでは腹立たしい。
翌朝になってやはり誕生日には不吉なことが起きていた。
トレジャーハンターが自己嫌悪でどん底状態の勇者を拾ってきたというのだ。
勇者がどういう存在だか知っている者にとってこれ以上の災厄は世界の終わりぐらいしか思いつかない。本当に最悪だ。
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